• Tomomi Oda

2018年11月14日

あっという間に2週間が過ぎてしまったな。早速全然日記じゃないけど、気にせず書きたい時にだけ書いていこうと思います。久しぶりにブログをやりたくなって開いてみたはいいけど、言いたいことがたくさんあるような全く無いような、というより単純に誰かに急かされたりしないとまとめ上げる気力ってなかなか出ないものですね。まとめ上げようとするからいけないのかな。


今はちょっとした休暇というか合宿というかで、とある場所にひとりで篭っています。素晴らしい(そしてちょっとクセの強い)ピアノと音響空間がある場所で、隣家もちょっと歩かないと無い、田んぼの中にぽつんと現れた桃源郷のような場所です。そこでピアノ弾いてご飯作って食べて、飲みたくなったらウィスキーあおりながら好きな音楽を聴いて、また弾きたくなったらピアノを弾く。こんなのって楽園過ぎて(またこれが本当に良い空間なので)罪悪感すらあるけど、幸せで罪悪感を持つなんて現代病なのかもしれない、いや、どの時代にも通ずる普遍的なことなのかもしれない、何にせよ幸せな時は思いっ切り幸せを噛み締めて、苦しみに出会ったら思いっ切り苦しみを噛みしめたらいいと思います。どんなことも出会う時にしか出会わないのだから。


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先日、ひとり合宿の間に読む本を手に入れるために大きな書店に行った。大きな書店だから欲しいものが何でもあるだろうと思ったら大間違いで、探していたものは見つからず、代わりに、目について興味が湧いた「人生論ノート(三木清)」と「美尻バンドトレーニング(岡部友)※美尻バンド付」の2点を買った。私もちょっとだけレジに立つアルバイトをしていたことがあるのでどうしてもレジ目線で想像してしまう、胸に初心者マークをつけていたレジのお姉さんはきっと「この女は人生と尻の形に悩んでいるんだな…」と思ったことだろうな、でももしかしたら生きるって全体的にそんなものかもね、本当に探していたものは見つからなかったりして、その途中で目について触れたもの、それを他人が見て色んな評価をしたりしていつの間にかその人そのものみたいになっちゃって……と余計なことを考えながら書店を後にしたのだった。


此処に来るまでにひとりで車を運転して来た。ETCカードを持っていないので、高速の料金所では一般のゲートを通過し、料金所のおじさんに手渡しでお金を払うことになる。その感じが結構好きで、何でかというと、高い確率でおじさんはお金を受け取ったあと「お気を付けて」と言ってくれるから。私は「気を付けて」の力をすごく信じていて、これを言われることによって言われた方は気が引き締まるし、結果的にその人を守っていると思う。子供の頃から家族を見送る時には「いってらっしゃい」の後の「気を付けて」という言葉は欠かさなかった。しかも、何故かこの言葉は奇数回言わないと効果が出ないという謎のジンクスがあり、家族が出て行ったあと忘れ物等でもう一度家に戻って来てしまう、そしてこちらもついうっかりもう一度「気を付けて」と言ってしまったら偶数回になってしまうからこれは大変、家族が出て行ってドアが閉まったあと、ひとりで「気を付けて…」と呟いていた。


今回料金所を3回通ったが、3回のうち、2人のおじさんは「お気を付けて!」と威勢良く送り出してくれて、ひとりは「ありがとうございます」と言ったきりだった。そのとき私はとても気持ち悪くて、料金所を出発したあとハンドルを握りながら「気を付けますね」と呟いていた。それは大袈裟に言うと祈りに似ていて、どうでもよさそうで実はどうでもよくないこと、<祈りは最大の注意を払うこと>とシモーヌ・ヴェイユは言っていたけど本当にそう思う、「気を付けて」の祈りをこれからも実践していこうと思う。


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と、前ばかり向いてPCのキーボードを叩いていたら肩がこってきてしまいました。<現代人は前ばかり向き過ぎる、前かがみになり過ぎて身体がおかしくなる>と、どこかの整体師さんに言われたことを思い出し、たったいま私は後ろ向き(背中越し)にPCのキーボードを打っています(難しそうだけど手を左右クロスすれば余裕)。前ばかり見てたらダメだよ、後ろも見なきゃ、そして真ん中(自分の身体)にも注意を払っていかなきゃね。おやすみなさい。

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© Tomomi Oda/photo by Kana Tarumi